83歳筆者の〈極私的鑑賞ノート〉(3)...私のNo.1映画は「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」 (8/9ページ)

Jタウンネット

批評家達も指摘しているのだが、細かく観察すると辻褄の合わぬような個所も無い訳ではない。しかし、それによって作品の価値が下がることは無いし、むしろ、逆に大雑把にそれらを包んで愉しむことだって出来るし、曖昧だからこそ却って良いのだ、とすら言えるのかも知れない。

考えても見て欲しい。全てが理路整然としていて、どこもかしこも辻褄のぴったり合う、秩序立った映画だったら、そんなものに果たして魅力があるだろうか?また、わざわざ鑑賞してみようという気が起こるだろうか?

あらゆる出来事は夢のようなものだ...。「自分は生きているんだ!」と意識してみても、本当にそうなのか、どうなのか?それは誰にも分からない。

「全ては、夢のまた夢」と感じさせてくれることこそ、映画というものの本質の一端では無かろうか?

そんな意味で、筆者には『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』は、誠に映画らしい映画ということになる。たとえ、筋の流れに多少の矛盾があろうとも、また(現実の世界で、決して好きなわけでは無いが)目を背けたくなるような暴虐な殺しや、また美しい女性の品位を破壊し、尊厳を踏みにじるようなレイプシーンがあったとしても...。

案外それはロールプレイングゲームで、何人もの人物をやっつけて、バーチャルな世界でストレスを発散し、現実の世界では温和しく秩序を守って生活する若者たちと共通するようなものがあるのかも知れない。

筆者として、一言付け加えるなら、そんな効用を云々するより、映画は立派な芸術作品、それも総合芸術として非常に価値のあるもの、と私は考えている。

「83歳筆者の〈極私的鑑賞ノート〉(3)...私のNo.1映画は「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」」のページです。デイリーニュースオンラインは、カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る