83歳筆者が再び考える「人工知能」...恐ろしいのは「AIの暴走」か、それとも? (8/8ページ)
イーロン・マスク氏が言うのは、AIが学習し、習得したデータ(情報)をアウトプットさせる人間の処理速度が、AIのそれと比較して、余りにも遅すぎて、折角のAIの成果を十分に活用出来ないのなら、人間の脳をAIの脳に当たる部分と直結させて、人間とAIを一体化させる、つまり、サイボーグ化するという話だ。どうだろう?筆者には、余り気持ちの良い話とも思えないのだが...。
しかし、それが実現するとしたら、一体どうなるのだろう?
それは、こうなるのだそうだ。
たとえば、人間が『何処か?美しい海岸を観たいな。』と考えると、その人間の脳に接続されたAIが自動運転して、その人間を車で、たとえば伊豆下田の白浜海岸とか紀南の白良浜海岸などへ連れて行ってくれることになる、と言う。
確かに、そりゃあ便利だ!
だが、物事が何か思いつきだけで、どんどん進行してしまうような気がしませんか?そんなことじゃ、人間が今のように、じっくり考えた上で結論を出す、というような機会は完全に失われてしまうのではあるまいか?
いずれにせよ、筆者には、「AIの暴走」は先ず、恐ろしいに違いないが、それより実は「AIを良識に基づいて、正しく生かすことの出来ない」人間の愚かさの方が余程、危険で、恐ろしい、とさえ思うのだが、読者諸氏の見解は如何なものであろうか?
筆者:ぶらいおん(詩人、フリーライター)東京で生まれ育ち、青壮年を通じて暮らし、前期高齢者になってから、父方ルーツ、万葉集ゆかりの当地へ居を移し、地域社会で細(ささ)やかに活動しながら、105歳(2016年)で天寿を全うした母の老々介護を続けた。今は自身も、日々西方浄土を臨みつつ暮らす後期高齢者。https://twitter.com/buraijoh