【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第23話 (5/17ページ)
国芳がしめたと手を握り込んだ時、直ぐ傍で国芳を見上げている一人の前垂れの娘が目を輝かせながら孫三郎に訊いた。
「上手くいったら豊国の絵、おくれよ?」
国芳はちらりと豊国を見遣ったが、こちらをギロリと睨みつけているのを見てこほんと咳払いした。
どうやら不承知である。
「エー、この鯨が海に戻った暁にア、お返しに、おいらがいつかかならず皆が喜ぶ鯨の絵を描いて、皆に差し上げます!これア、約束でさア」
途端に彼方此方から不満の声が上がった。
「豊国の絵じゃねえのかよ!」
「おめえは誰だクソガキ!」
マアマア、と国芳は聴衆を宥めてすうと呼吸を吸い込むと、奥の品川宿に届くほど大きな声で一気に啖呵を切った。
「おいらア、歌川豊国が門弟、歌川国芳!ガキはガキでも、十年後にゃアかならず江戸一の絵師になるクソガキでい!」
聴いていた者は猫も杓子も皆が笑った。
「なかなか言いやがるな、このガキ!豊国先生、こいつが江戸一になるってえのは間違いねえんですか!」
「アア」、
豊国は鯨の上の国芳を見上げて、その肩越しの日輪の眩しさに目を細めながら頷いた。普段への字に引き結び、あまり弟子が喜ぶ事を言わないその口が、噛みしめるようにその言葉を紡いだ。
「違げえねえとも」。
「え、父っつぁん、今なんて・・・・・・」
国芳が訊き返そうとしたのを遮り、
「豊国先生が言うなら間違いねえ。てめえら!やるぞ!」
江戸前の人々が威勢良く立ち上がり、こうして豊国の掛け声で大人数が力を合わせて鯨を押す事となった。
「エイエイ」を豊国が言い、「オー」の時に一斉に皆で押す。そうこうしているうちに、江戸前で歌川豊国が指揮を執って打ち上がった鯨を海に返そうとしているという噂は瞬く間に宿場全体に広まり、どんどん人が集まってきた。漁師、旅客、商人、飯盛女などが入れ替わり立ち替わりとめどなく鯨を押し続け、それでもビクともしないとなると国芳はいよいよ見かねて、
「コリャアいけねえ。