【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第23話 (6/17ページ)
なんか綱、持ってくらア」
国芳が船の片付けをしている漁師たちに手早く事情を説明すると、太い綱を貸してもらえた上に漁師たち自身も手伝うと言って三人ばかし付いてきた。
「父っつぁアん!」
「エイエイ・・・・・・何だア!芳!」
興に乗ってきたのか大声で掛け声を発していた豊国が振り返った。目の先に、無邪気な笑顔の孫三郎が映る。
「網持ってきたぜ!この優しい漁師さんたちがね、貸してくれたんでい」
「ああ、そりゃありがてえ。まあ、そもそもわっちが何故こんなに必死になって鯨を助けようとしているのかさっぱり分からねえがな」
国芳はニヤリとした。
豊国もその顔を見てニヤリとし、
「ようし!網を鯨の身体に括るぞ!力自慢の旦那たちゃア海に入って、この網で一緒に鯨を引っ張っつくんねい!他は、陸で鯨を押すぞ!」
生き生きと声を張った。
気がつけば、国芳が鯨が生きていると気が付いてから、一刻半ほど経っていた。
海はまだ凍るほど冷たいというのに、その人集りだけ、やけに大きな熱気を発散している。
まだ十六で大人より体力の少ない国芳は寒さと鯨の重さでもうヘトヘトであったが、他の男たちの掛け声に逆に支えられながら網を引いていた。
「エイエイ!」
「オーッ!」
これが何度目の掛け声であろうか。
いよいよ国芳の意識も遠くなろうかというその瞬間であった。
綱が、今までにない手応えで動いた。
「!?」
男たちが飛沫に阻まれながらも目配せを交わし、渾身の力で綱を引いた。
少しずつではあるが、確かに、巨大鯨の身体が海の方に引き寄せられている。
「あと少しだ!行くぞオ!」
「オーッ!」
それを幾度か重ねると、ついにドウッと一気に鯨の黒々とした身体が海に雪崩れ込み、孫三郎をはじめ綱を引いていた者たちは慌てて脇に飛び退いた。
背美鯨の美しい背中の曲線が、大きな水鞠をはじいて輝いた。
鯨は何か言いたげに江戸前の海を悠々と旋回し、やがて海の中に見えなくなった。