【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第23話 (7/17ページ)
「無事、海に帰ったのか」
「・・・・・・ヤッタア!」
江戸ッコたちは皆一様に濡れ鼠になって、抱き合って喜んだ。国芳は揉みくちゃにされながらも咄嗟に矢立を取り出して、鯨が悠々と海に戻る様子を描きつけようとした。が、
「ずぶ濡れで描けねえし読めねえ!」
こうなれば仕方ない。
(今はもう、いいや!)
頭の中に焼き付けておくよりほかない。幸い、この一刻半、鯨を押しながら仔細に観察する事もできた。
(それより。・・・)
視線が、ぴたりと合った。
ずぶ濡れの国芳と、陸の上の豊国と。
二人はどちらともなく駆け寄って、ひしと抱き合った。
「やった!やったよ!父っつぁん!」
「やった!やったなア!芳!」
それは、本物の父親とも交わしたことのない、力強い抱擁であった。
・・・・・・
無事に鯨を海に返し、師弟二人肩を並べて歩く帰り道、国芳は豊国にずっと訊きたかった事をついに口にした。
「なあ、歌川の絵って何なんだ、父っつぁん」
国貞がいつも口うるさく言うあの言葉の意味を、国芳は知りたかった。
豊国が答えた。
「夢を描くのさ、人の」
「人の、夢・・・」
「例えば贔屓の役者がいて、その役者が年老いた時にその皺や老いを絵師がそのまま錦絵に描き出しちまったら、絵を手に取る者は皆がっかりするだろう。歌川の絵師はそういう事はしない。ただひたすら、人の夢を描く。浮世は、夢よ」
「それって、嘘じゃねえか」
国芳がぽそりと言うと、豊国は少し困った笑みをして空を振り仰いだ。
「嘘じゃなくなっちまったら、それアもう浮世じゃねえ。ただの、くだらねえ現実だ。・・・・・・」
視線の先には、藍甕に浸して染めたのではないかと思うくらい澄んだ青をした、綺麗な空がある。
「だが、わっちのやり方が全てだとは思わねえ。夢の描き方は他にまだあるかもしれねえ。よく聴け、芳。人が何と言おうが、おめえはおめえの思う夢を描けばいい。