発生50年「三億円事件」現場のいま あの日この場所で、犯人は何を考えたか (3/9ページ)
何せ後述するように犯行現場の他にも複数の場所で車両を用意して偵察や逃走に備え、予め国分寺支店宛に爆破の脅迫状を送るほどの計画性と周到さを持ち合わせた犯人である。
とはいえ現在では東芝府中に出入りする車両が多く、住宅地の中では交通量が多い印象を受ける。50年前の犯行当時も東芝府中側から自衛隊の車両が通りかかっていて、場所を選んでもなお薄氷を踏むタイミングだった、犯人には運も味方したのだろう。

奇しくもパトカーが通過していった。右手側の木立は当時と変わらない

歩道橋に覆いがついているのは刑務所内を覗かれないためか

刑務所といえば昔は監視塔のイメージがあるが、今は監視カメラで済むようだ
道路の府中刑務所側は広い歩道として整備されている。「刑務所」「工場」「重大事件の現場」から受ける印象とは逆に平穏な時間が流れている。そんな中で、強奪現場からも見える東芝府中のエレベーター試験棟がまるで監視塔のような異様な存在感を放っていた。