サブカルの源流とは何か(ロマン優光) (7/9ページ)

ブッチNEWS

パンクロックというジャンルが70年代に成立した時にストゥージスやMC5といった60年代末から70年代初頭に活動したバンドがプロト・パンクとして再評価されましたが音楽的には明確な違いがあったり、現在パンクだと言われているメロコア以降のパンクと70年代末の所謂オリジナルパンクが音楽性に明確な違いがあるように、プロト・サブカルとサブカルの間には差異は間違いなく存在します。
 あと、ここで挙げられている雑誌名を見ていて何となくわかる方もいらっしゃると思いますが、ニュー・アカデミズムやポスト・モダンといった思想の影が色濃く落ちているものが多く見られます。現在のサブカルにそういったものの要素は上澄みの上澄みぐらいしか残されてないとは思うのですが、当時のニューアカ・ブームにミーハー的にのっかっていた人たちの持っていた変にスノッブな感じは残されているような気がします。

 単なるサブカルチャーの略語としてのサブカルではなく、別の意味合いをもったサブカルという新しい名称が生まれたのは90年代で間違いありません。私の個人史の中でもそうなってます。ところで、ここで一つ困ったことがあります。単なるサブカルチャーの略語ではないサブカルという言葉を最初に私が意識した時(90年代初頭ですか)その頃は現在使われているのとは少し違うニュアンスを持って使われていたのです。少し違うというか、はっきり言うとネガティブな意味合いで。
「サブカルチャー(プロト・サブカル)愛好者の中にいる、ミーハー的に情報の表層だけをすくっているだけの底の浅いくせに変にスノッブな態度の人、それを使って一目置かれたいだけで実際は大して知識があるわけではないような対象に愛情がない不快な人物」のことを指して使われていました。現在でいうところのオタクに近いニュアンスで使われていたマニアと呼ばれる人たちの中の非常識な問題ある人物が「おたく」と呼ばれていたような感じで、現在で言うところのサブカルに近い感じの人たちの中にいるミーハーで表層だけ撫でているだけの不快な人たちのことを「サブカル」と呼んでいたのです。
 逆に「サブカル」という言葉を侮蔑的に使っていた人たちは自分たちのことをどう認識していたのでしょう。私は「サブカルチャーも趣味の範囲にはいってるマニア」でした。

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