サブカルの源流とは何か(ロマン優光) (8/9ページ)

ブッチNEWS

恐ろしいことに、宮﨑勤ショックの影響で、私はあの不快な「おたく」という存在と同じ名称で自分を認定することがまだできなかったのです。というか、あれ以前も自分をマニアだと思っていたし。当時、既に媒体側にいた人たちがどのように捉えていたかはわかりませんが、自分個人の皮膚感覚ではそういうことになってます。
 まあ、自分は「サブカル」などというダサいものではないと思いながらボンヤリ暮らしていたら、90年代半ばに岡田斗司夫がオタクの仮想敵としてのサブカルというものを定義したわけですが、本章の流れに沿って凄く大雑把に言うと、それは「サブカルチャー(プロト・サブカル)が好きな奴はミーハー的に情報の表層だけをすくっているだけの底の浅いくせに変にスノッブな態度な奴で、それを使って一目置かれたいだけの対象に愛情がない不快な人物」というようなものです。ようするに、かつての中森明夫が私にやったのと同じようなことを、今度は岡田斗司夫が私にやってくれたのでした(第2章参照)。
「俺はサブカルでもないし、オタクでもない、ただのマニアだ。」という気持ちもあったのですが、やってたバンドがサブカル層に人気が出るようなバンドだったり、文章を書く媒体がサブカル層に人気のあるような媒体だったりしたことで、「もう、意地をはっても仕方ないから世間的にはサブカルってことでいいです。」と思いつつ「体質的にはサブカルっていうよりサブカル趣味のオタクなんだけどなあ。」と思っているうちに90年代的なサブカルは事実上滅びたのではないかと思って過ごしています。

 これが「私の極私的サブカル史」ですが、同年代でもサブカルという言葉にネガティブなニュアンスを感じず素直に最初から自分をサブカルと認定した人もいるでしょうし、サブカルをオタク以外のなんかマニアックなあり方として認識していた人もいるわけで、ここら辺は業界内の歴史とは別に人の数だけサブカル史があると思います。

 こうやって世間的な通史及び個人史を振り返ってみるに「町山智浩が編集者として扱ってきたもの、そしてそこから派生したもの/その愛好者」というサブカルの定義にもう一つ要素が加えられるかと思います。それは「その中で岡田斗司夫が自分たちのものであると主張しなかったもの」です。

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