サブカルの源流とは何か(ロマン優光) (1/9ページ)
「サブカル」という領域は誤解されたり、人によって解釈や認識が異なりがちな分野だ。サブカルとは何か、まずはサブカルの源流を誰よりも正しいミュージシャン・ロマン優光が解説する。
「サブカルは死んだ」と言ったのは2015年初頭の私です。「サブカルは死んだ。俺が殺した。」ぐらいまで言えたら、なんかカッコいいんですけど、私がなんかしたわけでもないので、そんなことまでは書けませんでした。
まあ、そう記した、前著にあたる『日本人の99.9%はバカ』の刊行から2年と経たないうちに、サブカルに関する新書(編注:『間違ったサブカルで「マウンティング」してくるすべてのクズどもに』)を出しているのだから世の中わからないものです。私がサブカルだと思っていたサブカルが死んでしまっても、世の中には別のサブカルが存在して活動を続けている。私がサブカルだと思っていたサブカルが生まれる前にも、また別のサブカルがいたのです。
オタクの歴史というのが、ある特定の地点に向けて他の要素を切り捨てたら進化していったように見えるのに対して、サブカルの歴史というのは何だかごちゃごちゃとしてよくわかりません。ことなる出自の者同士が離合集散を繰り返し、なんとなく同じサブカルという名前で呼ばれているが内容的には違うものが各時期にそれぞれ存在している。そういったイメージです。
野合と分離、浸透と拡散といったことの繰り返しなので、前の時代のサブカルと呼ばれる領域に含まれていたものが、次の時代には姿を消していたり、前の時代のそれの中に含まれていたものとは全く関連がなさそうなものが、次の時代にはサブカルと呼ばれているということもあります。
今のオタクを構成する要素はオタク的な存在が最初に生まれた時から含まれていたのに、今のサブカルを構成する要素は最初にサブカルと言われたようなものの中に全てが含まれているわけではないのです。ようするにサブカルという存在は曖昧模糊として不定形な胡散臭い存在なのです。そこがいいところでもあり、悪いところでもあるわけなのですが。