福島母子4人遺体事件 現場近辺にあった指定暴力団の「武器庫」 (2/5ページ)
裏社会に蠢く何人もの仲介者を通して、なんとか一味の関係者との接触にこぎ着け、1カ月以上にわたる交渉のすえに犯行の手口などを打ち明けられた。
その際、相手の口から出てきたのが「水石山」で、この山に盗んだ貴金属類や骨董品などを一時的に「隠していた」というのだ。窃盗品を関東、関西方面に運ぶまでの、いわば中継基地だった。
それだけではない。一味を介して取材対象が広がり、福島県内にも拠点を持つ暴力団組員と接触を続けていた。ある日のこと。JRいわき駅近くの「田町」というネオン街で酒席を共にしていた際、組員の口からも「水石山」が出てきた。
「水石山は武器庫にうってつけの山なんだ。あの山は人の出入りが少なく、交通の便も申し分ない」
記者が、
「まさか!?」
と驚いた顔を見せつつ聞き流そうとすると、組員は、
「ウソ、冗談だと思ってんだろ? それなら明日、案内してやる」
と口を尖らせた。
その夜、いわき市内の同じホテルに組員と投宿。翌日、水石山に案内された。いわき市と新潟市を結ぶ国道49号線に入り、車を20分ほど走らせると右側に水石山の入山口があった。
そこから舗装はされているものの、傾斜のきつい曲がりくねった道が続き、中腹まで杉林が広がり、ところどころに竹林が見える。山頂に近づくにつれ雑木林が多くなるが、それまでは陽があまり差し込まない、なんとも寂しげなところだ。人影はまったくない。
そんなところで、組員が突然、車を停めた。左側の杉の木立のなかに岩のような大きな石がいくつも転がっている。
★子ども3人は「無抵抗」
「ここで待ってろ。動いちゃダメだ。ゆうべの話がウソじゃないことを証明してやるから」
組員はそう言い残して車を発進させ、さらに上に向かった。置き去りにされた記者は、真夏だったため蚊の襲来に悩まされた。携帯電話の時刻を睨みながら、やきもきして待っていると、20分ほどで組員の車が戻ってきた。そして、トランクの中を見せられたとたん、言葉を失ってしまった。
詳しくは後述するが、今回の無理心中の現場へも、そのときと同じ道を辿った。
水石山は標高735メートル。