平安京は犯罪都市だった?平安時代の強盗たちの犯行記録から見えてくる人々の姿 (7/8ページ)

Japaaan

現代でいう「下流老人」のはしり?食い詰めていた大春日兼平(イメージ)。

(※)当時の50歳と言えばもう老人、基本的に強盗は体力勝負の荒事であり、今回のデータでも大半が30代(年齢不詳の者もおそらく40代以下)です。

ちなみに、兼平が盗んだ中には用紙50帖(半紙にして1,000枚)なんてものがあり、現代人なら紙なんて見向きもしないでしょうが、当時は紙が非常に貴重でした。

他の生活物資を切り詰めてでも確保していたところを見ると、兼平が強盗に入った家の主は、学問を生業とする下級貴族だったのかも知れません。

それはそうと、古来「窮すれば鈍する」という通り、生活が苦しければ充分な下見や計画を立てる余裕がなく、切羽詰まって麦を主食にするくらい貧乏な家へ強盗に入ってあえない末路を辿るのでした。

もちろん他の者たちも結局逮捕されてはいるのですが、こういう要領の良し悪しは日ごろの仕事≒生活ぶりにも反映されるもので、それまでの人生においても兼平が色んな意味で苦労していたことは想像に難くありません。

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