【秘話 鎌倉殿の13人】源頼朝最後の男系男子・貞暁(じょうぎょう)の波乱に満ちた人生と北条政子との因縁:その1 (4/8ページ)

Japaaan

1182(寿永元)年8月、頼朝が流人時代から寵愛していたといわれる亀の前が出産したことを聞くと、彼女が暮らしていた伏見広綱[頼朝の右筆]の屋敷を、牧の方(まきのかた)[父北条時政の継室]の兄牧宗親(まきむねちか)に命じて襲わせました。この時、亀の前は命からがら逃亡、赤子の消息は知られていません。

この事件は、その後に大騒動に発展しています。政子の逆鱗に触れた広綱は流罪宗親は許しなく亀の前を襲ったことを頼朝から激しく咎められ逐電。それに反発した時政は、一時伊豆に立ち退くという事態に陥ったのでした。

政子の側室に対しての悋気には、特徴があります。それは頼朝が側室をつくることは大目に見ても、側室の懐妊・出産に対しては非常に厳しい態度をとっていることです。

政子にとって頼朝の跡継ぎは自分が産んだ子、すなわち北条の血が流れていることが絶対条件でした。他氏の血筋である側室が生んだ男子がその地位に就くことを、政子は断じて許さなかったのです。

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