【秘話 鎌倉殿の13人】源頼朝最後の男系男子・貞暁(じょうぎょう)の波乱に満ちた人生と北条政子との因縁:その1 (7/8ページ)

Japaaan

(写真:T.TAKANO)

貞暁の上洛と仁和寺での出家

 貞暁が出家して仏道修行に励んだ京都仁和寺。(写真:T.TAKANO)

大進局と貞暁は、しばらくは世間から隠れるように暮らしました。時は過ぎ、1192(建久3)年になると政子は3回目の出産を迎えます。

この年、頼朝は朝廷より征夷大将軍に任ぜられ、鎌倉幕府を開府しました。政子にとって頼朝の将軍就任は、全ての武家の棟梁たる頼朝の後嗣は北条の血筋のみという思いがさらに増したのは間違いないでしょう。

そして頼朝の権力増大は、かえって貞暁の身に危機を及ぼしたことになります。順調に成長する頼家・まもなく誕生する子がいるにもかかわらず、政子の大進局・貞暁母子に対する怒りと警戒心は増すばかりで、一向に収まることはなかったのです。

1192(建久3)年5月19日、頼朝はついに決断を下しました。それは、大進局と7歳になった貞暁を上洛させ、彼を出家させることでした。それほどまでに貞暁の身に危険が差し迫っていたことが推測されます。

頼朝:貞暁よ、速やかに京の都に出立し、仏道に励むのだ。別れに太刀を授けよう。これが、お前の父がこの頼朝という証であると心得よ。

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