「鎌倉殿の13人」鎌倉を取り戻す。実朝の決意に義時は…第42回放送「夢のゆくえ」振り返り (10/11ページ)

Japaaan

一、時政の最期

鎌倉を追放されてから10年。北条時政は伊豆で穏やかに暮らしていました。ヒグラシが鳴いていたのと、日差しの具合から考えて時期は晩夏から初秋。恐らく建保3年(1215年)1月に亡くなる少し前のことでしょう。

ヒグラシの鳴く 伊豆の夕暮れ(イメージ)

大河ドラマの時系列で見るとエピソードが前後しているものの、そこは物語の都合でお見逃し下さい(どうせ歴史の流れに支障はないので)。

地元女性のサツキ(演:磯山さやか)にせっつかれながら、のんびりと暮らす時政入道。義時があえて泰時たちに行かせたのは、きっと「昔の自分」を見せたかったのではないでしょうか。

「りくさんの事は、聞きました」

「あいつには、京都の方がよく似合う」

鎌倉を追放された後、りく(演:宮沢りえ。牧の方)はもはや政権復帰の見込みがない「しい様」を見捨てて、きく(演:八木 莉可子。平賀朝雅未亡人)の伝手(再婚した藤原国通)を頼って京都へ行ってしまったのです。

なんだ、せめて時政が亡くなるまでは一緒にいてあげればよかったのに……ちょっと残念でしたね。

それでも時政は恨み言を吐くでもなく「京都の方が似合う」と、彼女のことを第一に考えており、その愛情深さに心打たれる視聴者も多かったことでしょう。

ちなみに、京都へ「帰った」後のりくは当初の望み通り京都で楽しく暮らしたということです。

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