「鎌倉殿の13人」鎌倉を取り戻す。実朝の決意に義時は…第42回放送「夢のゆくえ」振り返り (8/11ページ)

Japaaan

※『吾妻鏡』承元4年(1210年)10月15日条

【意訳】聖徳太子の事績などについてかねて興味をもっていた実朝。この日、大江広元よりレクチャーを受けた。

有名な十七条憲法や物部守屋(もののべの もりや)の叛逆など、古(いにしえ)の政治を学ぶことで、よき鎌倉殿になろうと努めていた実朝。まことに素晴らしいですね。

私も聖徳太子にあやかりたい。そんな思いが高じて、翌月には頼朝法華堂(持仏堂。現:頼朝公墓)で聖徳太子を供養する法事を営んでいます。

於御持佛堂。被供養聖徳太子御影〔南無佛〕。眞知房法橋隆宣爲導師。此事日來御願云々。

※『吾妻鏡』承元4年(1210年)11月22日条

【意訳】持仏堂において聖徳太子の御影をお祀りした。南無阿弥陀仏。真知房法橋隆宣(しんぢぼう ほっきょうりゅうぜん)を導師に法要を営んでいただいた。これは日ごろから願っていたことである。

かつて聖徳太子が遣隋使を送ったことから宋へ渡る計画が浮上しました。果たして今後、この聖徳太子は物語に影響を及ぼすのでしょうか。それとも単にいっときの小道具に終わるのか、今後も楽しみに見守りましょう。

一、丹後局から政子へ、愛の叱咤

そんな中、珍しいお客様が鎌倉を訪れました。かつて後白河法皇(演:西田敏行)の寵愛を受け、「唇一つで政を左右する」とまで(藤原定家に)言われた丹後局(演:鈴木京香)。今は隠居先の地名から浄土寺二位(じょうどじのにい)と呼ばれています。

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