「鎌倉殿の13人」鎌倉を取り戻す。実朝の決意に義時は…第42回放送「夢のゆくえ」振り返り (9/11ページ)
「何のために生まれてきたのか、何のために辛い思いをするのか、判る時がきっと来ます」
尼御台だって、辛い時はある。辛い人生の意味を理解するのは、もう少し先の話し。
つい泣き言を吐きそうになった政子を厳しく、しかし愛をもって叱咤する丹後局。老女らしい声の使い方が、非常に巧みで印象に残りました。
大河ドラマでは諸国巡礼の名目で遊び歩いていると言っていましたが、『吾妻鏡』には彼女が鎌倉を訪れた記録はありません。
ただ丹後局(高階栄子)は建保4年(1216年)に亡くなっているため、それ以前ならお忍びで政子とあった可能性はゼロではないでしょう。
ところで気になったのは、両者の座る位置。この時点で、丹後局は従二位の位階(だから浄土寺二位)を持つ一方、政子は無位。
いくら鎌倉殿の尼御台だからとは言え、あの場では丹後局に上座を譲るのが適切な対応。お芝居にもリアリティが増すでしょう。
もし筆者が彼女(丹後局)の立場なら「まぁ、尼御台。ご立派な風格で(≒田舎の尼大将が、無位の分際で二位の私より上座についているのか)……」くらいは言ったかも知れません。
ちなみに政子が朝廷より位階を授かるのは建保6年(1218年)4月。藤原兼子(演:シルビア・グラブ)の口添えによって従三位に叙せられました。
同年10月には(丹後局と同等の)従二位へと昇っており、よほど兼子と意気投合したか、あるいは位撃ち(分不相応な官職や位階を与えて不幸を招く呪い)の可能性もあります。
まぁそれはそうと、久しぶりに画面で御目文字叶って視聴者としては嬉しい限りでした。