「鎌倉殿の13人」鎌倉を取り戻す。実朝の決意に義時は…第42回放送「夢のゆくえ」振り返り (7/11ページ)
晴。前大膳大夫入道覺阿所勞平愈之間。今日沐浴。但眼精暗兮。不能分黒白云々。
※『吾妻鏡』建保5年(1217年)12月10日条
大河ドラマではまだ何とか見えるのか、目をショボショボさせた演技がお労しいところ。しかし弱気になった政子の「逃げ出したい」発言を気丈に支えます。
本当は一緒に逃げ出したかった(隠居したかった)のかも知れませんが、声を震わせて尼御台を奮い立たせる広元。今後も二人の関係に注目です。
(予備知識のない方向けに補足すると、二人は最後まで無事?生き延びるので、安心して推せますよ!)
一、聖徳太子を信仰する実朝高貴な生まれに驕ることなく、常に徳を高めて天下万民に尽くした聖徳太子(しょうとくたいし)。
実朝が理想の政治家として聖徳太子を尊敬していたことは『吾妻鏡』にも記述があります。
聖徳太子像(画像:Wikipedia/奈良国立博物館 蔵)2歳の時、合掌して「南無仏」と唱えた姿を象ったもの。
聖徳太子十七箇條憲法。并守屋逆臣跡収公田員數在所。及所被納置于天王寺法隆寺之重寳等記。將軍家日來有御尋。廣元朝臣相尋之。今日進覽云々。