【関ヶ原の合戦】死を覚悟した鳥居元忠(音尾琢真)が息子たちに送った遺言がコチラ【どうする家康】 (5/9ページ)
……我討死の後は、其元我等に代り、久五郎を初め幼稚の弟共を能く痛はり介抱すべし、弟共は新太郎を我らが如く、偏に親と思ひ、何事も背くべからず、各生長して上の御目に掛り、夫々が天性に応じ、何分にも召使はれば面々中善く親み、先祖代々御恩を以て家を立、子孫をも助けたる有り難きことを、常に胸に絶さず、徳川の御家と盛衰安危を共にし外に又と主は取らぬ筋目、寝ても覚ても忘るべからず、……
※『名将言行録』巻之五十一 鳥居元忠
【意訳】わしが討死した後は、そなた(忠政)はわしの代わりに久五郎(鳥居成次)や幼い弟たちの面倒を見てやって欲しい。
弟たちには「新太郎(忠政)を父代わりと思ってよく言うことを聞き、成長したら主君のお役に立つようそれぞれの能力を存分に活かすよう、兄弟力を合わせること。
ご主君あってのご譜代であることを決して忘れず、たとい徳川の御家がどんな窮地であろうと、決して他家へ仕えようなどと考えてはならぬぞ。
