大河「べらぼう」ついに喜多川歌麿(染谷将太)爆誕!史実では謎多き歌麿の名作に潜む”母への想い”を考察【後編】 (8/10ページ)

Japaaan

大首絵の美人画・春画・『絵本太閤記』などさまざまな作品を

歌麿の肖像画 栄之六十歳筆

浮世絵師の多くは、生まれ育ちが謎に包まれていることも多いのですが、喜多川歌麿もその一人。どんな土地でどんな親のもとどのように育ったのか不明です。

亡くなったのが1806年で、逆算して1753年頃の生まれではないかという推測があり、史実として伝わるものが少ないために、ドラマや映画などのフィクションの世界でいろいろと膨らませることができます。

美人画を中心に現代でも世界的に有名な数々の名作を手掛けた歌麿。同時代の作家とは異なるその特徴として、描く女郎たちに向ける眼差しが優しいことが挙げられています。

親に売られて地獄の吉原で体を売らざるおえない女郎たちに共感を覚え、愛おしさや慈しむ気持ちを持っていたのではと言われる歌麿。ひょっとして、辛い人生を送ってきたのかもしれないと想像すると、ドラマでの悲惨な少年期を過ごしてきた人物というストーリーも頷ける思いです。

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