大河「べらぼう」ついに喜多川歌麿(染谷将太)爆誕!史実では謎多き歌麿の名作に潜む”母への想い”を考察【後編】 (9/10ページ)
史実では「大首絵」(上半身だけを描くバストアップの絵で役者絵に多くみられた)の美人画、春画、豊臣秀吉の生涯を描いた『絵本太閤記』で高い評価を受け、まさに江戸を代表する絵師となっていく喜多川歌麿。
安永4年(1775)23歳頃は、北川豊章のペンネームで安永9年頃までは、蔦重のライバル・西村屋(西村まさ彦)のもとで絵を描いていたところ、新進気鋭の蔦重と出会い意気投合したというふうに伝わっています。
ちなみに、歌麿は晩年「人を喰らう鬼女である山姥と、赤子の金太郎」の絵を数多く描いています。(そのほかにも、母親の乳房にすがりつく赤ん坊なども)ドラマの歌麿の生い立ちを思い浮かべると何か「母」に対する思いが残っていたのでしょうか。