「べらぼう」そうきたか!老舗ができないことをやる−−挑戦とアイデアの宝庫・蔦重の底力【後編】 (6/9ページ)

Japaaan

ならば、こちらは吉原にいる女郎の姿を描いた錦絵を出したい」という蔦重の言葉に乗る亡八たち。

ただし「絵師が無名の歌麿では金は出せない。売れている絵師でないとだめだ」ということで、蔦重は、歌麿に描かせる計画を断念します。

そして、北尾政演に絵を依頼。

蔦重は、歌麿に「お前を外さなければならない。申し訳ない」と頭を下げるのでした。鶴屋では作家として、蔦屋では絵師として政演を売り出すという計画を聞いた絵師・北尾重政(橋本淳)は「そりゃあ『そうきたか!』となるもんな」と言います。

『江戸花京橋名取 山東京伝像』鳲鳩斎栄里(鳥橋斎栄里)筆(18世紀)

「俺ゃ歌にやってほしかったけどね」で決意する蔦重

ところが、それに続いた重政の言葉は非常に印象的でした。

「俺ゃ歌にやってほしかったけどね」

「俺ゃ駆け出しの奴の絵は山ほど見てきたから、そいつらが落ち着く先の画風も大体は読めんだよ。けど、歌はからきし読めねえんだ。そうなると見たくなんじゃない?
あいつが、人真似の絵をやめたらどういう絵を描くのかって」と言います。

さりげない場面でしたが、「さすがは、北尾重政!お目が高い」と思った人も少なくないのでは。筆者は、生涯でさまざまな弟子を輩出し若手の育成に熱心だった重政らしい「目利き」の言葉だなと、思った場面でした。

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