幼馴染みから政治の犠牲に…日本最古の悲恋・十市皇女と高市皇子の純愛をさまざまな角度から考察【前編】 (11/12ページ)
そのような父が大津京を去り、さらに心の拠り所にしていたであろう弟たちも密かに脱出。そして、彼女にとっては、父と夫が敵として戦うという最悪のシナリオが現実となり、最終的に夫は敗れ、自ら命を絶ちました。
おそらく壬申の乱の後半、大津宮には十市をはじめ、わずかな後宮の女官しか残っていなかったことでしょう。近江朝廷軍の敗報がもたらされる中、十市は生き延び、高市皇子によって保護されたと考えられます。そのような過酷な状況下で、彼女の心労が極限に達していたとしても不思議ではありません。
壬申の乱後、十市は即位して天武天皇となった大海人に引き取られ、飛鳥浄御原宮で暮らすことになります。鎌倉時代に成立した『水鏡』や『宇治拾遺物語』には、十市が吉野にいる父に近江側の情報を流していたとする記述がありますが、これは後世の創作と見られています。もっとも、このような逸話が語られるほどに、十市と天武の間には深い親子の情があったのでしょう。