「万葉集」編纂者で反骨の貴族・大伴家持の壮絶人生──左遷・密告・そして汚名【前編】 (1/8ページ)
日本最古の歌集『万葉集』の編纂者と伝えられる大伴家持(おおとものやかもち)。彼は、天皇や貴族のみならず、遠く東国や九州の庶民の歌までも収めた万葉歌人として広く知られている。
しかしその出自は、神代より大王(天皇)家に仕え、親衛隊とも称される軍事貴族・大伴氏であり、その精神は常に大王家の安泰に向けられていた。
家持が生きた奈良時代は、天皇制が成熟する一方で、藤原氏を中心とした貴族同士の争いが激しさを増していた時代でもある。
そうした中、家持は時に一族の暴発を諫めつつ、幾度も政変に巻き込まれながら大伴氏を生き残らせた。
そんな大伴家持の人生を、武人と歌人という二つの側面から2回に分けてたどってみたい。まず[前編]では、家持の生涯をダイジェストで追っていこう。