『べらぼう』蔦重の“初恋の師匠”で最長の相棒!北尾重政の影の功労者ぶりを史実とドラマから探る (8/9ページ)

Japaaan

「春章と重政の二人が蔦重を助けるならしょうがねえ、俺たちもやるか!」といったところでしょうか。こうやって、影から物事が動くきっかけを作り、蔦重の背中を押す役目を果たしているのですね。

勝川春章 NHK大河「べらぼう」公式サイトより

重政亡き後に浮世絵の質が下がったと太田南畝

文政3年(1820)に死亡する直前まで絵師としての仕事を続けていた北尾重政。その存在は、喜多川歌麿や葛飾北斎などにも影響を与えていました。

江戸時代の浮世絵師の伝記や来歴を記した本『浮世絵類考』には、「重政は近来錦画の名手也、男女の風俗武者絵を画、刻板の文字を能くかけり」と書かれています。

また、狂歌師・太田南畝(桐谷健太)は、「近年の名人なり。重政没してより浮世絵の風 鄙(いや)しくなりたり」と重政のことを高く評価しています。

弟子たちがこぞって浮世絵を描くようになっても、“若手の仕事”と言われていた挿絵の仕事を中心に手がけ蔦重の出す本を支えていた重政。

駆け出しの頃、勢いで突っ走っていた蔦重を助けて以来、何度も何度も背中を押したり、助言をしたり、ヒントを与えたり、助けたりと、「蔦重栄華乃夢噺」どおり蔦重の夢を支え続けました。

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