2026年大河『豊臣兄弟!』で注目の舞台──豊臣秀吉・秀長の主君・織田信長の安土城、登城レポート【後編】 (5/9ページ)
一方の信澄は、かつて信長が謀殺した同母弟・信行の嫡男で、信行が暗殺された当時は幼少であったため命を救われています。成長後は一門衆として信長の側近に取り立てられ、安土城の普請奉行を務めるなど厚い信頼を得たと伝わります。
つまり、もしこれらの伝承が正しければ、安土城の中核部の守りを任されたことからも分かるように、蘭丸と信澄は信長からきわめて篤い信頼を寄せられていたことになるのです。
安土城中心部への入り口とされる黒金門跡(Wikipedia)
大小の石を整然と積み上げた石垣が、壮大な食い違い虎口の姿を今に伝える黒金門跡ですが、発掘調査の一つの見解として、「大手道は山麓から本丸へ一直線に伸びていた」という説があります。もしこの説が正しければ、黒金門は本丸へ至る門ではなかった可能性も浮上します。
とはいえ、現在の遺構の状況から見れば、この門跡をくぐってこそ安土城の中枢部へ進むことができるわけです。ここから先は、いよいよ天主へと続く領域へ足を踏み入れていくことになります。
天皇行幸を見据えた本丸御殿黒金門を過ぎると、東西180メートル、南北100メートルにおよぶ強固な高石垣に囲まれた安土城の中心部が姿を現します。ここには、天主を中心に、伝本丸跡・伝二の丸跡・伝三の丸跡などの主要郭が配置されていました。