大河『べらぼう』がギャラクシー賞を受賞!“べらぼうロス”が今だに絶えず人々の記憶に残り続ける理由 (5/8ページ)
「そういきたか!」の生みの親。太田南畝。NHK大河「べらぼう」公式サイトより
余裕がなければ文化は買えない。現代の社会問題とリンクまた、べらぼうの余韻が続いているのは、現代と同じ社会問題とリンクしていたことも理由でしょう。
あまりにも内容がタイムリー過ぎていて、脚本家の森下さんは「タイムワープで現代を見てそれを話に取り込んだようだ」とか「まるで現代社会のようで怖い」などとも言われていました。
筆者が一番リアルに感じたのは、天明の大飢饉、米相場の暴騰のとき。
「米がない」「米の値段が去年の倍だよ」など、まるで、令和の現代そのままの状況で、江戸では、お上の指示通りの価格で米を売る米屋に長蛇の列ができ、買えなかった人々に責められる騒ぎが起こります。
そんな状況を見ていた蔦重の「俺らに何かできることはねえですかね。米に困っちゃ本なんて買ってもらえねぇだろうし」というセリフは、まさに「数百年後の現代もまったく同じなんだよ、蔦重!」と言いたくなってしまいました。
物価高で生活苦の状態では、娯楽やエンタメにお金も時間もかけられない。
心や感性を育てる文化的に豊かな社会は、まずは衣食住が満たされてのこと……この問題は時代が変わっても、これは変わりません。