皇室の祖神は天照大神ではなかった──古事記・日本書紀から最初の皇祖神・高御産巣日神の正体を考察 (6/9ページ)

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『音川安親編 万物雛形画譜』(Wikipedia)

すなわち、高御産巣日神は天上界である高天原に最初に現れた「造化三神」の一柱であり、邇邇芸命の母である万幡豊秋津師比売命(よろずはたとよあきつしひめのみこと)の祖父にあたる神とされています。神々の系譜上から見ても、高御産巣日神は天照大神よりも先に誕生した神であることが分かります。

このように、天照大神国生み神話に連なる伊邪那岐命の系譜から生まれた三貴子であるのに対し、高御産巣日神造化の段階に属する別天つ神という、異なる神系に属していました。しかし、その子孫神同士の婚姻によって邇邇芸命が誕生し、両神系は姻戚関係によって結ばれることになったのです。

天照大神は奈良時代に皇祖神として確立された

天照大神天皇家の皇祖神として伊勢神宮に祀られていることは、多くの人が知るところでしょう。現在、有力視されている伊勢神宮の成立時期は、7世紀後半の天武天皇の時代とされ、この頃に現在につながる形へと整備され、祭神として天照大神が祀られたとする説が一般的です。

このことから、天皇家が天照大神を皇祖神として位置づけたのは、飛鳥時代後期であったと推測されます。この時代は、藤原京に宮都が置かれ、大化の改新を集大成とする中央集権体制が急速に推し進められた時期でもありました。

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