皇室の祖神は天照大神ではなかった──古事記・日本書紀から最初の皇祖神・高御産巣日神の正体を考察 (7/9ページ)
しかしここで、「飛鳥時代後期=天照大神を皇祖神」とする理解を揺るがしかねない、注目すべき点を挙げておきたいと思います。それは、宮廷祭祀と深い関わりをもつ神々を扱った『延喜式』の祝詞に、天照大神の名がほとんど登場しないという事実です。
仮に同神の名が挙げられる場合でも、多くの神々の後に付記される程度にとどまっています。この点から、伊勢神宮創建当初の主祭神は、必ずしも天照大神ではなかった可能性が浮かび上がってきます。
では、伊勢神宮の主祭神は誰であったのか。それが高御産巣日神であったと考えられるのです。そして、天照大神が皇祖神として前面に押し出されるのは、奈良時代に入ってからのことでした。
奈良時代になると、律令国家が成立し、神社制度も体系的に整備されていきます。その過程で、天照大神は高御産巣日神に代わって皇祖神として位置づけられ、伊勢神宮内宮の主祭神となったと考えられます。