『豊臣兄弟!』バチバチの寧々×まつ、史実では大親友だった…今後、敵対から一転する「5つの理由」 (7/10ページ)

Japaaan

応援するまつ。NH大河「豊臣兄弟」公式サイトより

人間的にスケールが大きかったまつ

まつは史実では、天文16年(1547)生まれ。織田氏の家臣・篠原一計の娘として生まれました。

幼い頃父が死去、母は再婚し、まつは利家の父・前田利昌(利春)に育てられたのです。

その後、数えの12歳で利家に嫁いだまつ。寧々とほぼ同じですね。

その翌年に長女を出産後、3年後に長男、翌年は侍女を出産。その10年後に三女、翌年に四女、さらに五女、次男、六女と出産。11歳から32歳までの21年間で11人も子供を設けています。

戦国時代、「多産」はよくあるとはいえ、11人も出産するのは稀有でした。さらに、多産なだけではなく、まつは人間としてスケールが大きく堂々と物申す性格だったそうです。

学問や武芸に長け、戦のときに「金を惜しむから兵が集まらない!」と、まつが蔵から金銀の袋を持ち出し利家の前に投げ出した……という剛気な逸話もあります。

いずれにしても、史実では、秀吉と利家は足軽時代から夫婦ともに仲が良かったそう。近所だったのでまつと寧々は味噌や醤油などを貸し借りする仲だったほど親しかったとか。

そして、利家とまつは、実子のできない秀吉夫妻に、四女・豪姫を授けます。

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