『豊臣兄弟!』バチバチの寧々×まつ、史実では大親友だった…今後、敵対から一転する「5つの理由」 (9/10ページ)
3.性格が似ていて共感できる部分があった
史料から伺える二人の性格としては、寧々は、露骨に感情を表に出し過ぎない、人前や表立って秀吉の失態を責めない、政務・人事にも理解が深い感じです。
まつは、利家を立て、加賀藩の家中統制にも積極的に関与、後年は芳春院として政治的影響力も持っていました。
細かい部分は異なりますが、どちらとも「私が私が!と前に出るより、夫を勝たせる」タイプのよう。
それゆえ、お互いに共感し合う関係になりやすかったのではないでしょうか。
4.織田から豊臣への時代を生き残った信長亡き後、清須会議、賤ヶ岳、小牧・長久手、秀吉政権の確立という変化の激しい時代を、夫婦という単位で生き残った二組。
寧々は「天下人の妻」ですし、まつは「その政権に従う有力大名の妻」。
立場こそ違えども、どちらも“政権は不安定なもの”ということを肌身で感じていたのではないでしょうか。
表では立場が違っても、そんな本音を話せる数少ない相手だったのかもしれません。
5.寧々にとって「安全な友人」だった寧々は天下人の正室になってから、側室問題・権力闘争などいろいろな問題を背負うことになり、純粋な友人を持ちにくい立場になったでしょう。
夫の利家は秀吉に忠実で変な野心がないため、妻のまつは安心して付き合える人だったのではないでしょうか。