『豊臣兄弟!』君は綺麗になった…信長が寧々に送った手紙がイケメンすぎる!一方、人たらし秀吉は (7/9ページ)
(文化遺産オンライン)
また、文禄2年(1593)に朝鮮出兵の本営から送った手紙には、側室の淀殿が懐妊したことを聞いて天にも昇るほど嬉しいはずなのに、子供のいない正室の寧々には非常に配慮して文章を書いています。
又にのまるとの(二の丸殿)、ミもちのよし、うけ給候、めてたく候、われわれは小ほしく候はす候まま、其心へ候へく候……
二の丸(淀君)の懐妊を聞いたけれども、自分はことさらに子は欲しいとは思っていないのだ……と書いています。
わざわざ追伸で「この間はすこしかいき(咳気)いたし候」と、「ちょっと風邪ひいてしまった」などと書いているのも、寧々を心配させたかったのか、秀吉らしいですね。
秀吉は、側室たちにも手紙を送っていますが、寧々宛の手紙が一番多かったとのこと。決して達筆とは言えず誤字脱字も多い個性的な手紙ですが、あけっぴろげでストレートに感情を伝える内容が多かったようです。
「寧々がいることで家中がうまく回っている」と理解
もともと農民だった秀吉は、子飼いの家臣はいませんでした。