朝ドラ【風、薫る】大山捨松が輝いた『鹿鳴館』はなぜ4年で終わった?西洋化への反感と風俗の乱れ (4/10ページ)
知識や経験値・ルックス・スタイル・才能・ハートの強さ・エレガントな所作・流暢な語学etc……何ひとつ叶わない捨松への嫉妬ゆえの悪口や中傷は、実際にあったのではないでしょうか。
「出る杭は打たれる(特に美しく才能溢れる女性への)」風潮は、明治時代も令和の今も、少しも変わっていないのを感じます。
捨松は直美に「ウェルカム トゥ 鹿鳴館。これが鹿鳴館よ」と言います。
そして、「渡米し語学も学問も身につけたのに、帰ってきたらこの国には女の私がそれを生かす場所がない。」と。
けれど、捨松は「鹿鳴館は、絢爛豪華なハリボテだけれど、使い方次第では私がやりたいことができる」といいます。
ドラマのセリフ通り、実際に捨松は、日本初のチャリティ・バザー『鹿鳴館慈善会』を開催。
そして、その売上金を全額病院に寄付、『日本初の看護婦養成所』を設立するなど、後世の日本に残る偉業を成し遂げています。
捨松はアメリカで看護婦の資格も取得、上流階級の女性たちが設立した貧困女性や子供たちを助ける『アワー・ソサイアティ(私たちの会)』で、ボランティア精神を学んだ人でもあります。
看護やボランティアを通じ女性の働く道を切り開くのが「This is my life」の捨松。ドラマでは、りんや直美に影響を与えて彼女らを「トレインド・ナース」への道へと導くのでしょうか……。