朝ドラ【風、薫る】大山捨松が輝いた『鹿鳴館』はなぜ4年で終わった?西洋化への反感と風俗の乱れ (9/10ページ)
「鹿鳴館時代」が終焉を告げた年に「看護の道へ」…
「日本赤十字篤志婦人会」制服 黒タフタ地(文化遺産オンライン https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/212746)
華やかな「鹿鳴館時代」が終焉を告げた明治20年(1887)。
同年、日本赤十字社篤志看護婦人会という、日赤初のボランティア組織が設立しました。有栖川宮妃董子を初代幹事長とし、大山捨松も発起人の名簿にその名前を連ねています。
さらに同年、大関和も鈴木雅も28〜29歳で、「桜井女学校(別現在の女子学院)に新設された附属看護婦養成所に入学し、出会います。