朝ドラ【風、薫る】大山捨松が輝いた『鹿鳴館』はなぜ4年で終わった?西洋化への反感と風俗の乱れ (8/10ページ)
昭和の建築家・谷口吉郎は自身の手記で、「新体制が活発な革新意識に燃えるものであるなら、それと反対に古い文化財に対しては極度に保守的であつて欲しいと思ふ」と綴っていました。
確かに、華やかな社交の場として活躍した建築物をこの目で見てみたかったと思います。
鹿鳴館の正門として使用された旧薩摩藩江戸屋敷の表門は旧国宝に指定されていたものの、昭和20年の東京大空襲で焼失。
建物があった定刻ホテルと日比谷U-1ビルの境目に「鹿鳴館跡」の碑が埋め込まれていたのですが、残念ながら再開発のため2022年11月に撤去されてしまいました。