【豊臣兄弟!】三成を“お姫様抱っこ”の藤堂高虎!史実でも主君を惹きつける超愛され武将だった (5/10ページ)

Japaaan

こんな風に、自分では“どうせわかってもらえないだろう“と心の中に秘めていることを、よく観察して評価してくれたら……泣いてしまいますよね。

小一郎の「皆やつの考えについていけず腹立たしくなる。何度も主君を変えるのも無理はない。じゃが、やつのやっとることは間違うてはおらぬ。むしろ正し過ぎて、皆にそれをわかってもらえない」という人物評価も的確。

実際、どんどん奉公先を変える高虎を「堪え性がない」「飽きっぽい」「忠義心がない」などする声もあったようですが、そこだけで判断せず、細かい挙動で分析するのは、さすが「思慮深く温厚で、家臣の話をよく聞く稀代の調整役」といわれた小一郎だけあります。

血の気は多いものの、無駄に殺された(お芝居だったのですが)候補者のために怒る高虎。(NHK大河『豊臣兄弟!』公式サイトより)

20歳で17歳年上の秀長に支えた高虎

史実でも、天正4年(1576)20歳のとき高虎は「豊臣秀長に300石で仕え、冠名を与右衛門に改めている」とあります(『公室年譜略』)。秀長はこの時36〜37歳くらい。かなり年齢差があるので、親のように包み込むような目でみることができたのかもしれません。

その後、1581年に但馬国の土豪を討ち3,000石の所領をもらい、鉄砲大将に任命。さらに、中国攻め、賤ヶ岳の戦いなどに参加して活躍します。

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