『豊臣兄弟!』近づく半兵衛(菅田将暉)の最期、黒田官兵衛(倉悠貴)との熱い絆…天才軍師「両兵衛」を比較 (3/11ページ)
けれども、無能で人望もない龍興に対し半兵衛はクーデターを起こします。その後、信長に命じられて木下藤吉郎(のちの秀吉)は半兵衛を熱烈勧誘。そうして、秀吉の軍師となり活躍し数多くの戦功をあげます。けれど、1579年、半兵衛は播磨三木城の城攻め中に病に倒れ、36歳でこの世を去りました。
半兵衛を表す代名詞として有名なのは「女性のように美しい」「病弱で儚げな天才」……実は、豪傑で剣術は免許皆伝の腕前だったと伝わります。
軍師としては「敵を制すること神の如し」といわれ、三国志の諸葛孔明に例えられ『今孔明』とも呼ばれていました。
「豊臣兄弟!」で演じているのは菅田将暉さん。初登場当初は「美しい」「横顔がきれい」という称賛の声があがっていました。けれども、徐々に時折見せる“様子がおかしい” “表情が変” “絵地図に動物の絵描いてる!”など面白さが歓迎されるように。
すっかりゆるキャラみたいになり、今は一挙手一投足が注目されています。
涼やかで美しい菅田・半兵衛(NHK「豊臣兄弟!」公式「X」より
▪️切れ者の軍師・黒田官兵衛黒田孝高(通称:官兵衛)は、天文15年(1546年)播磨国人領主・小寺家に使える武将、黒田職隆の嫡男として誕生。永禄10年(1567)22歳で黒田家の家督を継ぎました。
1570年代、織田と毛利が勢力を拡大し始めた頃、官兵衛がいた播磨国は地理的に両家に挟まれます。