『豊臣兄弟!』近づく半兵衛(菅田将暉)の最期、黒田官兵衛(倉悠貴)との熱い絆…天才軍師「両兵衛」を比較 (7/11ページ)

Japaaan

「松寿丸を殺せば官兵衛は深く恨み、完全に信長の敵となる」と説得するも信長は殺すように指示を出します。そこで、半兵衛は、松寿丸を美濃の自分の屋敷に匿いました。1年後にようやく官兵衛は有岡城から救出され、晴れて無実が証明されます。

官兵衛は、半兵衛がリスクを顧みずに自分のことを「裏切るわけはない」と信じ、息子を助けてくれたことに深く感謝したのでした。けれど、半兵衛はすでに亡くなっていたので感謝の気持ちを直接伝えられず、大号泣したそうです。

この前から、病に伏せがちだったという竹中半兵衛。もしかしたら、自身の命が長くないことを悟り、信長にばれる頃はもうこの世にいないと賭けに出たのかもしれません。命を救われた松寿丸子こと黒田長政は、半兵衛に敬意を払い、竹中家の黒餅を家紋としたのでした。

天正6年(1578年)、半兵衛がその生涯を終えたとき、秀吉は半兵衛の亡骸にすがりつき泣き崩れたそうです。

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