【豊臣兄弟!】幽閉された黒田官兵衛、息子に処刑命令…竹中半兵衛が救った命と犠牲の幼子を史実考察 (2/9ページ)
旧知の間柄である荒木村重と黒田官兵衛。(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)
寧々が面倒を見ていた人質・松寿丸が大ピンチ史実では、黒田官兵衛は23歳ごろ、播磨国を治める守護大名・赤松家に使える重臣・櫛橋家の娘、15歳の光姫と結婚。永禄11年(1568)に長男・松寿丸(しょうじゅまる)が誕生しました。
天正5年(1577)に、10歳になった松寿丸は織田側に人質として差し出されますが、この時に彼の面倒をみて教育したのが寧々でした。人質とはいえども寧々と秀吉は、松寿丸を我が子のように可愛がって育てたそうです。
ところが天正6年(1578)、それまで織田の配下であった荒木村重が突然反旗を翻して、摂津国の有岡城に籠城してしまいます。
村重と旧知の仲だった黒田官兵衛は、説得のために単身有岡城に乗り込むのですが、逆に捉えられ土牢に幽閉されてしまいました。