【豊臣兄弟!】幽閉された黒田官兵衛、息子に処刑命令…竹中半兵衛が救った命と犠牲の幼子を史実考察 (8/9ページ)
関ヶ原合戦で、徳川家康の東軍が勝利して石田三成の西軍は敗北、三成は捕縛され京都市中を引き回しの上に六条河原で斬首されるのですが。
引き回しの様子を見ていた長政は、馬から降りて三成に歩み寄り「このような境遇になろうとは……さぞやご無念でござろう」と、自分の羽織をそっと三成に着せたそうです。
子供の時、命を救ってくれた三成。たとえ今は敵対する間ではあっても、自分が生のびられたことの礼を尽くしたかったのでしょう。
引き回しにあれても堂々と振る舞っていた三成は思わず涙を流したと伝わります。
石田三成。杉山家伝来の肖像画(東京大学史料編纂所所蔵)wiki
最後に突然謀反を起こした荒木村重、単身説得に出向き幽閉された黒田官兵衛、竹中半兵衛の策で助かった松寿丸の命、その影で犠牲になった幼い身代わりの子、そして命を終える半兵衛……。
なかなかに史実は辛い展開のですが、ドラマ「豊臣兄弟!」ではどのようなアレンジで見せてくれるのでしょうか。