【豊臣兄弟!】幽閉された黒田官兵衛、息子に処刑命令…竹中半兵衛が救った命と犠牲の幼子を史実考察 (5/9ページ)

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半兵衛は家族同様の家臣に松寿丸を託す

ちなみに、松寿丸を匿い育てた家臣・不破矢足(ふわやそく)は半兵衛の長年の付き合いで信頼できる家臣でした。矢足の妻は、半兵衛の舅・安藤守就の妹だったために、家族同様のような存在だったそうです。

半兵衛は、後を矢足に託し、天正7年6月13日に病が悪化してついに帰らぬ人となりました。

その後、荒木村重がこもっていた有岡城はとうとう陥落、官兵衛が見つかり裏切ったのではないことが証明されます。

官兵衛は、松寿丸が生きていたことを知り、今は亡き半兵衛の措置に非常に感謝しましたが、信長も安堵したそうです。1年間、不屈の精神で牢獄生活を希望を捨てずに過ごした官兵衛は、確実に一回りも二回りも大きな人物になったと伝わります。

「この世には信頼に値する人もいる。自分は裏切ることはするまい」と心に誓った官兵衛。以前のように自分の知恵と頭脳をひけらかすような部分はなくなり、秀吉の考えを探り出し的確に先手を打っていく冷静沈着な軍師と変化していったそうです。

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