【豊臣兄弟!】幽閉された黒田官兵衛、息子に処刑命令…竹中半兵衛が救った命と犠牲の幼子を史実考察 (3/9ページ)
『黒田家譜』によると、官兵衛の主君であった小寺政職(まさもと)があらかじめ村重に密使を送り、「官兵衛が訪ねてきたら殺してほしい」と依頼していたと伝わります。
小寺政職は、最初は織田側に付いたものの老臣たちの言葉に迷わされ毛利の脅威に怯え、官兵衛が疎ましくなり葬りたかったそうです。
政職は、官兵衛に「小寺官兵衛孝高」と名乗らせるほど実力を評価し信頼を寄せていたにもかかわらず、村重側に付き織田も半兵衛も裏切ったのでした。
そうとは知らずに官兵衛は村重のもとへ単身乗り込みました。
1年の幽閉で別人のようになった官兵衛村重は官兵衛を「命だけは助けてやる」と土牢に閉じ込めます。旧知の仲であった官兵衛を、たやすく殺すことに迷いがあったのでしょうか。
その土牢は、明かり取りの小さな窓しかなく日光は射さず風も通さず、薄暗く湿気が高い劣悪な状態だったとか。
そこに1年ほど監禁された官兵衛は、痩せこけて皮膚病を患いヒゲは伸び後放題。のちに救出されたときにはまるで別人のような姿になっていたそうです。ずっと座っていたために足に障害が残ったとも伝わります。
ただし、この一連の話は『黒田如水傳』という大正時代の著作が出典。当時の史料による確認は難しいそうです。一部では軟禁程度だっという説もあります。
いずれにしても、もし劣悪な土牢に1年近く幽閉されたら体にも精神にも変調をきたすのも当たり前。生涯妻一人だけを愛したという官兵衛は、播磨の地に残した妻や人質となっている松寿丸を思い、耐え抜けたのかもしれません。
2014年の大河『軍師官兵衛』(主演:岡田准一)では、村重の妻・だし(桐谷美玲)が幽閉されている官兵衛の心の支えになっていたのですが、「豊臣兄弟!」では、この官兵衛の受難はどのように描かれるのでしょうか。