【豊臣兄弟!】幽閉された黒田官兵衛、息子に処刑命令…竹中半兵衛が救った命と犠牲の幼子を史実考察 (4/9ページ)

Japaaan

いまはピカピカに若く危ういところもありそうな官兵衛が困難を乗り越え、大きく変化した軍師として蘇るのでしょうか。

黒田官兵衛、画名「如水居士像」崇福寺所蔵品。wiki

松寿丸は処刑したと嘘をつき匿った半兵衛

まさか、官兵衛が幽閉されたとは知らない信長は寝返ったと激怒。人質の息子・松寿丸を「処刑しろ!」と秀吉に命じます。

可愛がっていた松寿丸を殺すことはできない、けれども信長の命令に背くわけにはいかない……と悩む秀吉に「自分が松寿丸を処刑する」と申し出たのが竹中半兵衛でした。

ところが、これは半兵衛の嘘。「官兵衛がそんなに簡単に裏切るわけはない」と確信していたために、「松寿丸を処刑した」と秀吉と信長に嘘を伝える一方、松寿丸を自分の居城である美濃国の菩提山城の家臣の家に匿ったそうです。

この作戦は、半兵衛が信長直属の家臣ではなく「秀吉の与力」だったので可能だったと推測されています。

もしかしたら、すでに自分の余命が長くないと悟っていた半兵衛は、「官兵衛は裏切ったのではない。戻ってくる」と見通し、そのときに息子・松寿丸の命を救っておくことで官兵衛が恩に着て自分同様に生涯秀吉の忠実な軍師として仕えてくれるだろう……と考えていたのかもしれません。この辺りは、ドラマではどのように描かれるのでしょうか。

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