『豊臣兄弟!』本能寺の変は「怨恨」だけではない!光秀を謀反へ走らせた家康共謀説・四国説・武田内通説 (6/13ページ)

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さらにその後、その阿波も元親と敵対関係にあった三好康長に領有を認めるという朱印状を渡し、元親には土佐一国だけを認めるとする屈辱的な命令を突き付けました。

こうなると元親の気持ちは収まりません。もとより元親は四国平定においては、すべて自らの兵力だけで戦ってきたのです。ドラマのなかで元親が光秀に詰め寄って発した「どれだけ長宗我部の血が流れたのか!」という言葉は真実でした。

光秀の説得を拒絶する元親。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

長宗我部氏を都合よく利用し、必要がなくなると切り捨てるという信長のやり方に、元親が強く反発したのも無理はありません。そして、信長への信頼を失ったとしても不思議ではないでしょう。。

2014年(平成26年)に発見された『長宗我部元親書状』には、このような状況のなかで、光秀と元親と縁戚関係がある利三が苦慮した様子が記されています。信長の要求が道理に合わないと考えながらも、「ここで信長の言うことを認めなければ、ついには土佐一国も危ない」と光秀は元親に懸命に説得を重ねました。

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