『豊臣兄弟!』本能寺の変は「怨恨」だけではない!光秀を謀反へ走らせた家康共謀説・四国説・武田内通説 (10/13ページ)

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武田勝頼。『天目山勝頼討死図(歌川国綱画)』(Wikipedia)

もっとも梅雪は武田勝頼を裏切り、主家の滅亡に大きな影響を与えた人物です。仮に光秀の武田氏との接触が、梅雪をはじめとする武田氏重臣の調略であるなら、光秀にとって梅雪は味方となる存在であったはずでした。

しかし光秀は、その梅雪の口から武田内通が漏れることを恐れます。そこにはただの調略ではない、なにかがあったのかもしれません。

利宗による供述が真実だとすると、「本能寺の変」が起きた背景には、武田氏滅亡の影響があった可能性が高いと考えられるのです。

光秀と家康は手を結んだのか?「共謀説」を検証

さて最後に紹介するのは、光秀と徳川家康(松下洸平)が協力して信長を葬ったという「光秀・家康共謀説」です。

実はこの説は、2023年(令和5年)に放映された大河ドラマ『どうする家康』で採用され話題となりました。

信長は家康の暗殺を光秀に命じます。

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