朝ドラ「風、薫る」赤痢の村で刃物を向けられても…りんのモデル・大関和が命を救った防疫の実話 (7/8ページ)
“その先”に広がる感染を見事に防いだ大関和の功績
看護婦の“手”は数百、数千の命を助ける……バーンズ先生の言葉が、改めて鮮やかに蘇る第19週『黎明の翼』。
史実でも、劇的な効果を上げた大関和の名声は全国へ広がり、各地から防疫の依頼が殺到、和は看護婦たちを率いて対策に向かう活動も行いました。
『大正期の職業婦人』の著者、女性史研究家の村上信彦は
「群馬県の九十九村では100名の赤痢患者を扱って死者わずかに6名、埼玉県の加治村でも100名の赤痢患者のうち死者5名、あとは全員完治させている。(中略)当時の医療水準から考えればこれは奇蹟とも言うべきで、いかに看護の力が大きかったかをものがたっている」
と、記しています。
大関和が作った防疫の黎明期130年以上の時が経った今でも、患者の環境を衛生的に保つ、マスク・エプロン・手袋の装着、換気や消毒、手洗いをこまめに行う……など、和が示した感染症対策の基本は変わっていません。
病の治療を祈祷やおまじないなどに頼っていた時代に、「医療」という人々にとって未知なる武器で戦いを挑んだ大関和らは、さぞかし奇異な存在に思えたことでしょう。
現代でさえ、新型コロナウイルスの感染拡大期には、治療や看護にあたった医療従事者への理不尽な差別や偏見が起こりました。
ましてや「医療」「看護」の知識のない明治時代、防疫に対する強い誤解や敵意も強烈だったことと想像できます。
そんな状況の中、村人たちを説得して理解を深めて感染対策を成功に導いた大関和。「明治のナイチンゲール」と呼ばれるのがわかりますね。