【豊臣兄弟!】酷評の愚将・信雄が江戸時代まで延命、評価が高い信孝が25歳で自刃…織田兄弟の残酷な明暗 (10/11ページ)
豊臣家滅亡後、元和元年(1615)に信雄は家康から5万石を与えられました。
その後、信雄は趣味の茶道や庭づくりなどに没頭した優雅な生活を送り、寛永7年1月30年、73歳で京都で亡くなりました。
信長の息子ながら明暗のある人生を送った織田兄弟
戦の経験も豊富で評判が高かったものの若くして自刃させられた信孝。
武将としての勇猛果敢さや統率力などは目立たないものの、その時その時で有利なほうについて73歳まで生き延びた信雄。
けれども、信雄はさまざまな大きな戦に関わりつつも生き残り、結局は幕末まで織田の血を残すという大きな役割を成し遂げた人物でもあります。
大河『どうする家康』では「長いものに巻かれ続ける、父と真逆の人生」というキャッチコピーがつけられていましたが、それだけではない、強靭な精神を持っていたのかも。
これから起こる『賤ケ岳の決闘』で、信孝VS信孝がどのような奮闘ぶりを見せるのか楽しみです。