【豊臣兄弟!】酷評の愚将・信雄が江戸時代まで延命、評価が高い信孝が25歳で自刃…織田兄弟の残酷な明暗 (6/11ページ)
(『1580〜82年度のイエズス会士の年報』)
また、ルイス・フロイスは信孝の人物像を、「佐久間殿(信盛)の外には、五畿内に於いて此の如く善き教育を受けた人を見たことがない」「思慮あり、諸人に対して礼儀正しく、又大なる勇士である」と記述してるそうです。(谷口克広; 高木昭作(監修)「織田信孝」『織田信長家臣人名辞典』)
信孝像「たらちねの名をばくださじ梓弓いなばの山の露と消ゆとも」は、『天正記』にある信孝の辞世。wiki
武将としての評価が低い信雄一方、「豊臣兄弟!」のドラマ内でもディスられているほど、武将としての評価は低いのが、次男・織田信雄(山脇辰哉)です。
前述のように、ルイス・フロイスは信孝の評価は非常に高いのですが信雄に関しては「そこまでいう?」というくらい酷評しています。
例えば、安土城にいた明智軍の家臣が、城を燃やさず退却した後のこと。
「(前略)…付近に居た信長の子、御本所(信雄)はふつうより知恵が劣っていたので、何ら理由も無く、彼に邸と城を焼払う様命ずる事を嘉し給うた。