【豊臣兄弟!】酷評の愚将・信雄が江戸時代まで延命、評価が高い信孝が25歳で自刃…織田兄弟の残酷な明暗 (4/11ページ)
前回の「豊臣兄弟!」の中でも、「修繕が終わるまでは、ここでゆっくり過ごしてください」と三法師をうまく丸め込んでいましたね。幼子は、何を言われているのか理解できていないように見えました。
秀吉には、「ザ・羽柴家」の瓢箪柄の小袖を着せられ、吹き込まれたセリフを言わされ。
信孝には「ここでゆっくりお過ごしを」と丸め込まれ。
事情はわかってなさそうなのに「うむ」と言ってしまう三法師。政争の道具感が強すぎて哀れになってしまいました。
策を巡らせる織田信孝。(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)
天下人ぶる秀吉に牙を剥く信孝清洲会議後、まるで天下人のような振る舞いを見せる秀吉に腹立たしい思いを抱いた信孝は、同様に秀吉を嫌う柴田勝家に接近。
柴田勝家以外の三宿老は、清洲会議での決定をなかったこととし信雄を暫定的な織田家の当主として担ぎ上げます。
そして、秀吉は、三法師を岐阜城に抱え込んだ信孝を「謀反」の口実で天正10年(1582)に岐阜城を取り囲み信孝を急襲。
福井・北ノ庄城の勝家は、北陸地方の豪雪によって道が閉ざされて岐阜に援軍を送ることはできず……ということを読んだ秀吉の作戦だったのです。
信孝は無念ながらも秀吉に三法師を引き渡し、母や乳母、娘らを人質に供出して和睦をしました。
翌年天正11年(1583)、三月になって雪解けとともに柴田勝家が出陣、4月には降伏していた信孝も岐阜城で挙兵しますが、勝家は秀吉に敗れて1月24日に北ノ庄城にて自害。