『豊臣兄弟!』なぜ長宗我部元親は秀長に屈した?史実に残る2人の関係性と「鬼若子」のその後… (1/9ページ)
「姫若子」と呼ばれた少年は、やがて「鬼若子」と恐れられる戦国大名へと成長しました。
その武将こそ、四国をほぼ制圧した長宗我部元親(磯部寛之)。しかし1585年(天正13年)、羽柴秀吉(池松壮亮)の命を受けた羽柴秀長(仲野太賀)率いる大軍を前に、ついに降伏します。
今回は、『豊臣兄弟!』第36回「姫若子と鬼若子」に描かれた元親と秀長、二人の戦国武将の関係を史実をもとにひも解いていきます。
四国の覇者・長宗我部元親(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)
秀吉とともに紀州征伐を行った秀長1584年(天正12年)11月、織田信雄(山脇辰哉)の単独講和がきっかけとなり、徳川家康(松下洸平)との間にも一応の和睦が成立すると、羽柴秀吉は天下取りへの新たな局面となる紀州、四国攻めに着手します。