新世紀の音楽たちへ 第4回「同人音楽の中の民族音楽」 (3/9ページ)

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いまの僕らが多種多様な世界中の音楽を――なんとなくであれ――「民族音楽」として認識できるのは、過去にそうした音楽好きな人が世界中で音源採集や採譜に励んできてくれたからだ。その軌跡は、学問的には「民族音楽学」としてまとめられている。

「民族音楽学」の起源は、西欧圏の音楽を中心にした上で、それ以外の音楽を比較する学問「比較音楽学」である。その領域の名著に、アレクサンダー・ジョン・エリス『諸民族の音階』(音楽之友者、1951:原著1885)がある。

これは、いろいろな民族音楽の「音階」を明らかにした本だ。西洋で広く使われている平均律や、古い鍵盤楽器で使われていた中全音律(ミーントーン)などとは異なる音階が様々な地域にあることを(比較的)数量的・定量的な方法で明らかにしている。

この「比較音楽学」は現代の民族音楽の研究に大きな足跡を残した。世界中のどこに、どんな音楽があるのか。私たちの知っている音楽と違う音楽はどんなものなのか。それらを具体的に比較する素地がこうした研究によってつくられた。

もし、比較音楽学や民族音楽学がなければ、世界中にある多種多様な楽器の音色が、不協和音として切り捨てられていた可能性だってあるだろう。

そういえば、あるコンポーザーの友人に「民族音楽らしさって何で判断する?」と聞いた時「音階」と答えてくれた。たとえば「ドレミファソラシド」の「レ」と「ラ」を抜いて曲をつくると琉球楽器ではない曲でも沖縄音楽っぽくなる、といった具合だそうだ。こういう発見も間接的であれ比較音楽学の成果によるところと言ってもいいだろう。

そうやって世界中の音楽を訪ねてみると「比較」なんて簡単にできないぞ、という当たり前のような事実も判明してくる。地域ごとに音楽があるだけではなく、もともと別のところの音楽であったものが、地域を移動すると新しくアレンジされていくこともわかってきたし、そもそも当地の人たちは「音楽」と見なしていない音楽もあることがわかってきた。

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